詩語について

平成最後の四月の最初の日。新元号は「令和」と発表されました。

今日は、「詩語」について、少しばかり学習します。


「作詩術(宮崎來城 著)」の第九章に「詩語」という一編があります。

その最初に、

初学の徒は、先づ古人の造った好語を使用することに慣れて、漸次に造詣する所あるが宜しい。

さらば語とは如何なるもので有るかといふに、二字以上の文字と聯結して一個の意味を成したもので、暗風といふもの語で有る、白雨といふのも語で有る、飛花のごとき、落葉のごとき、多少のごとき往来のごとき、一として語ならぬはない、浮雲隔も語で有る、落月残も語で有る、雁横塞のごとき、人倚楼のごとき、春寂寂のごとき、夜沈沈のごとき、一として語ならぬはない。

漢詩自在 作詩術(宮崎來城)より

とあります。ここで言う所の「語」が、すなわち「詩語」であり、「古人の造った好語」を使いやすく集めたものが「詩語表」になります。

上記の二字あるいは三字の熟語ならば何でも「詩語」になりそうなものですが、そう簡単ではない点があります。これについては、前回と同様に「言永 第四輯」の解説を引用します。

試料が一旦定まったならば、それが文字によって表現されて始めて詩となるのである。そしてそれが詩である以上、詩語で表現されなければならない。詩文両用の語も少なくないが、文にしか用いない文語では詩にならない。詩語が如何なるものであり、文語とは如何にことなるかは、古今の詩を多読することによっておのづから悟ることができよう。ただ、原則として、而、之、其、也、則などの助辞は文中にはしばしば用いられる語であるが、詩では余り用いない。「也」は「また」という場合に限り詩に用いられるが、文にはこの用法はない。遮莫(さもあらばあれ)、生憎(あやにくや)、聞説(きくならく)、休言(いふをやめよ)、借問(シャモンす)なども詩にのみ用いられる語である。

言永 第四輯 より

この解説から語には、詩に使う「詩語」と文章に使う「文語」の区別があり、どちらにも使われる語も多いけれど、そうでない語もあることがわかります。

こうした区別は重要です。しかし、区別ができてからででないと作詩できないのでは、いつまでたっても詩を作ることはできません。まずは、古人の作品を多く読み、また、詩語表を使って作詩し、「詩語」に慣れ親しむことが重要でしょう。

言永にも『詩語が如何なるものであり、文語とは如何にことなるかは、古今の詩を多読することによっておのづから悟ることができよう。』とあります。

ただ、読むだけでは作詩になりませんから、当然、「詩語」を並べる作業をしなければなりません。極論すれば、この活動が「作詩」です。まずは、一詩あるいは一句を作詩しましょう。一句が難しければ、三字、四字を並べてましょう。

   独坐幽斎、閑看桜花、歩幽庭、正是野人家・・・

それにしても、作詩の解説書となると「作詩術」や「言永」のような昔の本(所謂、古書)に頼るしかなく、現在、一般書店で入手できる解説書が皆無に近い状況であることは残念です。一筋の光明は国立国会図書館デジタルコレクションのようにデジタル技術により、いくつかの書が簡単に閲覧できることは、とてもありがたいことです。

さて、今回は、「詩語」について学習しましたが、内容としては概念的な部分ばかりでまとまりがなかったので、つぎの機会には、もう少し具体的な作詩に役立つ観点から学習したいと思います。


では、次の記事で、また、お会いしましょう。
失礼します。

投稿者: 滄洲

趣味で漢詩を作ったり、三体詩や聯珠詩格などの詩集、論語や老子などの漢文を読んだりしている「滄洲」と言います。 よろしくお願いします。

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