『三体詩』より「香山館に子規を聴く」(竇常)

【訓読文】

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【作者】

竇常(とうじょう)=(749〜825)。中唐の詩人。字は、中行。

【書き下し文】

香山館(こうざんかん)に子規(しき)を聴()く

楚塞(そさい)の余春(よしゅん) 聴()くこと漸(ようや)く稀(まれ)なり。断猿(だんえん) 今夕(こんせき) 衣()を沾(うるお)すことを譲(ゆず)る。

雲(くも)は老樹(ろうじゅ)を埋(うず)む 空山(くうざん)の裏(うち)。千声(せんせい)に彷彿(ほうふつ)として 一度(いちど)に飛()ぶ。

【語釈】

香山舘=香山は、河南省洛陽市の南、竜門山の東にある山。館は旅館。子規=ほととぎす。杜宇、杜鵑に同じ。蜀王(望帝)であった杜宇の魂が「ほととぎす」となり、蜀が滅びた後も、「不如帰去」と悲哀の声で血を吐くまで啼いたという、故事あり。「杜鵑吐血」、「杜鵑啼血」とも言う。望郷の想いを詠じた詩に多く使われる。楚塞=楚は、戦国時代の楚国。現在の江蘇省淮安市辺り。塞は、辺境の地。餘春=春のなごり。晩春。斷猿=「断腸の思い」の故事あり。晋の武将桓温が船で蜀へ行く途中、三峡を渡ったとき、従者が子猿を捕らえ、母猿が連れ去られた子猿の後を岸伝いで追い、その後、母猿ははらわたがちぎれるほどの耐え難い悲しみで死んでしてしまった。讓沾衣=涙が衣を沾す。譲は、断腸の思いの猿の声よりも、今は子規の声の方が悲しいこと。空山=人けのないひっそりとした山。彷彿=よく似ているさま。さながら。そっくり。

旧訓では「千声に彷彿として 一度に飛ぶ」となっているが、中国古典選「三体詩」(朝日文庫)では、「彷彿たり千声 一度に飛ぶに」と読んでいる。私としてはこちらの読みの方が良いように思う。なお、訓読文は旧訓に従った。


では、次の記事で、また、お会いしましょう。
失礼します。

投稿者: 滄洲

趣味で漢詩を作ったり、三体詩や聯珠詩格などの詩集、論語や老子などの漢文を読んだりしている「滄洲」と言います。 よろしくお願いします。