漢詩作法入門講座

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詩の要訣について - 淡窓詩話

○秦韶問 先年人あり。先生に問ふに詩の要訣を以てす。先生自ら書し與へ玉へし語あり。「詩無唐宋明清。而有巧拙雅俗。巧拙因用意之精粗。雅俗係著眼之高卑」と。小子未だ此旨に通ぜず。願はくは之を詳に玉へ。

世人詩を作るに、多くは唐宋を區別し、黨を分つて相攻む。是れ明季門戸を別つの惡習なり。四代の詩同じからずと雖も、各其佳境あり。何れにても己が好む處に從つて可なり。故に四代差別なきには非れども、可否を取捨するには及ばず。是を以て「無唐宋明清」と云へり。扨時代は差別せざれども、巧拙雅俗は差別すべきことなり。拙は巧に及ばず。俗は雅に及ばず。故に「有巧拙雅俗」と云へり。拙を去つて巧に就かんと思はヾ、意を用ふることを精しくすべし。其拙なるは、意を用ふること粗なればなり。故に「巧拙因用意之精粗」と云へり。俗を去つて雅に就かんと思はヾ、眼を著くることを高くすべし。其俗なるは、眼を著くること卑ければなり。故に「雅俗係著眼之高卑」と云へり。四句の大意、意を精しく用ひて、眼を高きに著くべしと云ふことなり。意の用ひ方を精しくすること、推敲鍛錬に在り。賈島が推敲の二字を思ひ、京尹の行列に觸る﹅ことを覺えざりしよりして、推敲の名も始まり、「獨行潭底影。數息樹邊身。」と云ふ一聯を三年考へたりと云ふこともあり。李太白一斗百篇と云はれたる人なれども、「只見涙痕濕」(「怨情」美人捲珠簾。深坐嚬蛾眉。但見涙痕濕。不知心恨誰。)と云ふ句は、初は「涕涙落」にてありしを、半年ほど考へて、「涙痕濕」と改めしとぞ。古の名家意を用ふるの精しきこと此の如し。其巧なる所以なり。今の人只速に成り多く作るを以て貴しとす。意を用ふることの粗なる。其詩の拙き所以なり。眼を著くることを高うせんとならば、古詩を熟讀して、之を品目するに如くはなし。此は悟境にて、言を以て盡すべからざれども、古人詩を品するの一隅を擧げて之を示さん。杜詩の「穿花蛺蝶深々見。點水蜻蜒款々飛。」の句を古人賛嘆して曰く、若し之を晩唐の人に作らせなば、「魚躍練塘玉尺。鶯穿絲柳金梭。」と云ふになるべしと。此の二聯を合せ觀れば、晩唐の句は巧なれども俗なり。杜が雅なるに比すれば、品格の卑きこと見るべし。又古人梅を詠ずる句を品して曰く、高青邱が「雲滿山中高士臥。月明林下美人來。」は林和靖が「疎影横斜水清淺。暗香浮動月黄昏。」に及ばず。「雲後園林纔半樹。水邊籬落忽横枝。」は又其上なり。東坡が「竹外一技斜更好」の七字は、誠に梅の精神を寫すものにて、又其上なりと云へり。以上の句、俗眼より觀れば、古人の卑しと云ひし句ほど、面白く覺ゆれども得と眼力を養うて觀れば、其高卑始て分るなり。余が詩を論ずる、此外に在ることなし。故に之を書して人に與へたるなり。但し詩の巧を尊びて拙を鄙むことは、五尺の童子も知る所なれども、意を用ふるの精しきことは、名家に非れば能はず。意を精しく用ふること、名家は皆然れども、眼を高きに著くることは、當世の名家にも、多くは得難し。故に末の一句は、四句の中に於て要中の要なり。

淡窓詩話 上巻 終

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