漢詩作法入門講座

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詩を学ぶ益 - 淡窓詩話

○問 詩を學ぶの益は、孔子の言に盡せり。然れども今の詩は古の詩に非ず。故に世儒務めて其無用を論ず。如何心得べきや。

或人嘗て余に問ふ。吾子詩を好む、詩何の益ありや。余曰はく、吾子酒を好む、酒何の益ありや。問者曰はく、何の益と云ふことなし。唯吾性の好む所なり。余曰はく、吾も赤吾性の好む所なりと。前にも云へる如く、己れが技藝の功能を説き立つること、卑むべきことなり。吾子詩を好むとも、人に對して其功能を説くこと勿れ。唯だ自己の娯の爲めと稱すべし。然れども他日後進を教育することあらんに、詩を以て教ふることあるべし。其時の爲めに、詩を學ぶの益を論ずべし。三百篇の功能は、聖人の言に昭々たれば、今改めて言ふに及ばず。後世の詩、其體變ずと雖も、其時に當りて相應の益はあるものなり。先づ唐人の詩に就て言はヾ、從軍行塞下曲を讀む時は、億萬の戦士、骨を沙場に暴すの辛苦云ふばかりなし。人君若し此旨に通ずれば、邊を開くの事あるまじ。人臣此旨に通ずれば、邊功を立つるの望はなすまじ。又宮怨の詩を讀めば、百千の宮女、怨曠の者多きこと憫むべし。人君是を知らば、縱ひ色を好むとも、無用の人を取り掠めまじ。人臣も亦色荒を以て君を誘うふまじ。其他遷謫の詩を讀めば、孤臣孽子(ゲッシ)の情を知り、亂離の詩を讀めば、蒼生塗炭の苦を知る。繁華の景を述ぶるを見ては、富貴の淫樂に耽ることを知り、閒適の詩を見ては、賢者の世を避くることを見る。何れか國を治め家を保つの鑒戒(カンカイ)に非らん。此を以て、後世の詩古の詩と差別なきことを知るべし。抑〻我邦の詩は、唐詩の國事に關係せし程のことはなく、誠に書生の慰み物なり。然れども學びたる程の益はあるべし。

文字を知らざる人は論なし。吾子試に讀書の人の中に於て、詩を作る人と詩を好まざる人と異なる所あるを見るべし。詩を作る人は溫潤なり。詩を好まざる人は刻薄なり。詩を作る者は通達なり。詩を作らざる者偏僻なり。詩を作る者は文雅なり。詩を作らざる者は野鄙なり。其故何ぞや。詩は情より出ずるものなり。詩を好まざるは、其人の天性に情少なきが故なり。若し之をして詩を學ばしめば、自然と情を生ずべけれども、己れが性の偏なる所よりして、勉强して學ぶこと能はず。愈〻無情の窟に墮つるものなり。凡そ人の心中を二つに分てば、意と情となり。意は是非利害を判斷して、有益の事は之を爲し、無益のことは之を爲さず。是れ意識の職なり。さて其無益と云ふことを知りつ﹅、忍び難く棄て難き所あるは、是れ情なり。故に人の死は歎きて歸らぬことと知れども、悲哀の情は止まず、憂は口に言ひたりとて、消ゆるには非れども、必ず口に言ひ、樂は心に樂んですむことなれども、亦必ず口に言ふ。是れ人情なり。若し無益の事は、一切思はず言はざるを以て善しとせば、親の喪とても、長き月日の間、勤むるには及ばざるべし。故に人にして情なきは、木石に同じ。詩文の道に於て、文は意を述ぶることを主り、詩は情を述ぶることを主る。故に無情の人は、必ず詩を作ること能はず。作りても詩にならず。此の如き人は、方正端嚴の君子なりと雖も、其行事必ず人情を盡さヾる所あるべし。孔子曰はく、「溫柔敦厚は詩の教えなり」と。溫柔敦厚の四字、唯一の情の字を形容するのみ。是れ予が弟子をして詩を學ばしむる所以なり。吾子詩を好むが故に、談此に及べり。愼んで門外漢と言ふこと勿れ。

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