漢詩作法入門講座

==========
==========
本コンテンツでは、JavaScript機能を有効にしてください。
JavaScriptが無効な場合、正常に表示できない可能性があります。

ホーム > 詩話を読もう > 淡窓詩話 > 『詩の悟り』について

『詩の悟り』について - 淡窓詩話

○問 詩は禪の如し悟を得るに在りと。小子輩如何なる處に力を著けて悟を得べきや。

詩に禪を以て譬とすること、嚴滄浪に始まれり。凡そ悟と云ふものは、禪に限らず、一切の事に在るものなり。何事にもあれ。其意味の心には解すべくして、口には言ひ難き所あるを會得したる。卽ち悟なり。故に悟の道は、師も言を以て弟子に授くること能はず。唯學人の精思よりして得る所なり。若し悟を得んと欲せば、精思研窮するの外なし。予詩を學びしより四十餘年、今日の得る所、大抵悟入なり。然れども禪の所謂頓悟と云ふが如きことは稀なり。皆功を積んで、自然と其意を得たるのみ。今悟を得んと欲せば、先づ古詩を熟讀すべし。乃ち李が表逸とは、何れの處か是れ飄逸、杜が沈鬱は何れの處か是れ沈鬱、其他何れの處か是れ高古、何れの處か是れ清麗と、古人の品目せし所以を考ふべし。如レ是なれば、其初は茫然たれども、後には言外に其旨を得るなり。已に古詩の味を悟れば、己れが詩の意味も亦明かなるものなり。試に己れが詩を以て、唐宋明清諸家の詩と並べ讀むべし。其風神氣韻の同じからざる處、自ら心中に了然たらん。然れども之を未熟の徒に喩すことを得ず。是れ我悟境なり。

予詩を推敲するに就て、悟入したることあり。予が父は俳諧を好めり。其話に、或人生海鼠(ナマコ)の句を作りて曰はく、「板敷に下女取り落す生海鼠哉」。師の曰く、「善しと雖も、道具多きに過ぐ。再考すべし」と。乃ち改めて曰はく、「板敷に取り落したる生海鼠哉」。師の曰はく、「甚だ善し。然れども猶ほ未し」。其人苦吟すれども、得ること能はず。師乃ち改めて曰はく、「取り落し取り落したる生海鼠哉」と。予此話を聞きて、大に推敲の旨を得ることを覺ゆ。是も亦悟の一端なり。

==========