漢詩作法入門講座

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句法 - 作詩講義

一、句法の変化

散句と対句

詩には散句がある、対句がある。散句は文章でいう所の散文のようなものである。前の絶句の例に示した『南楼望』【1】の詩、『従軍行』【2】の詩は、各句すべて、散句である。対句は字句が両々相対しているものであって、前の律詩の例に示した『山居即事』【3】の「寂寞」と「蒼茫」の二句、「鶴巣」と「人訪」の二句、「緑竹」と「紅蓮」の二句のようなものが対句である。対句もこれを一句づつに引き離せば、単独の散句となるのである。故に詩の句法は、対句のことを詳らかにすれば、散句のことは自ずから明らかになる訳である。

詩の五言には自ずから五言の句があり、七言には自ずから七言の句がある。五言に二字を足して七言となし、七言の句の二字を削り去って五言となすような句では、未だ以て句の至れるものとはいわれぬ。詩は句法巧絶なれば、通篇偉麗の観をなし、句法にして精絶なれば、全篇飛動の勢いあるものである。詩を作ろうとする者は、古人の句を読破参玩して、句法の変化を悟るがよい。

【1】南樓望  (盧僎)
去 國 三 巴 遠
登 樓 萬 里 春
傷 心 江 上 客
不 是 故 郷 人
国を去って 三巴遠く、
楼に登れば 万里春なり。
傷心す 江上の客、
是れ故郷の人ならず。
【2】從軍行 三首 其三  (王昌齡)
秦 時 明 月 漢 時 關
萬 里 長 征 人 未 還
但 使 龍 城 飛 將 在
不 教 胡 馬 度 陰 山
秦時の明月 漢時の関、
万里 長征して 人、未だ還らず。
但、竜城の飛将をして在らしめば、
胡馬をして 陰山を度らしめず 。
【3】山居即事  (王維)
寂 寞 掩 柴 扉
蒼 茫 對 落 暉
鶴 巢 松 樹 遍
人 訪 蓽 門 稀
緑 竹 含 新 粉
紅 蓮 落 故 衣
渡 頭 煙 火 起
處 處 采 菱 歸
寂寞として 柴扉を掩い、
蒼茫として 落暉に対す。
鶴は松樹に巣うて遍く、
人は蓽門を訪うて稀なり。
緑竹 新粉を含み、
紅蓮 故衣を落す。
渡頭 煙火起り、
処処 采菱して帰る。

句読なしの句法

句には、五言ならば五字、七言ならば七字、句読なしに読み下して、一句を成しているものがある。これを「五字一句法」「七字一句法」と呼んでいる。例えば「不必問君平【4】とか、「佳句法如何」【5】とかの句は、五字を以て一句を成している。「欲周文歌燕鎬【6】とか、「不聲名與文物【7】とかのような句は、七言を以て一句を成しているものである。

【4】送友人入蜀  (李白)
見 説 蚕 叢 路
崎 嶇 不 易 行
山 從 人 面 起
雲 傍 馬 頭 生
芳 樹 籠 秦 棧
春 流 遶 蜀 城
升 沈 応 已 定
不 必 問 君 平
説うならく 蚕叢の路、
崎嶇として 行き易からずと。
山は 人面より起こり、
雲は 馬頭に傍うて生ず。
芳樹 秦桟を籠め、
春流 蜀城を遶る。
升沈 応に已に定まるべし、
必ずしも君平に問わず。
【5】寄高三十五書記  (杜甫)
嘆 惜 高 生 老
新 詩 日 又 多
美 名 人 不 及
佳 句 法 如 何
主 將 収 才 子
崆 峒 足 凱 歌
聞 君 已 朱 紱
且 得 慰 蹉 跎
歎息す 高生老ゆるを、
新詩 日に又た多し。
美名 人及ばず、
佳句 法如何。
主将 才子を収む、
崆峒 凱歌足る。
聞く君が己に朱紱すと、
且踵蛇を慰むるを得たり。
【6】大同殿生玉芝竜池上有慶雲百官共覩聖恩便賜宴樂敢書即事  (王維)
欲 笑 周 文 歌 宴 鎬
還 輕 漢 武 樂 横 汾
豈 知 玉 殿 生 三 秀
詎 有 銅 池 出 五 雲
陌 上 堯 尊 傾 北 斗
樓 前 舜 樂 動 南 薫
共 歡 天 意 同 人 意
萬 歳 千 秋 奉 聖 君
笑わんと欲す 周文の鎬に宴ずるを歌いしを、
還た軽んず 漢武の汾に横たわるを楽しみしを。
豈に知らんや 玉殿の三秀を生ずるを、
詎んぞ有らん 銅池に五雲の出ずるは。
陌上の堯尊 北斗を傾け、
楼前の舜楽 南薫を動かす。
共に歓ぶ 天意の人意に同じきを、
万歳千秋 聖君を奉ぜん。
【7】送李囘  (李頎)
知 君 官 屬 大 司 農
詔 幸 驪 山 職 事 雄
歳 發 金 銭 供 御 府
晝 看 仙 液 注 離 宮
千 巌 曙 雪 旌 門 上
十 月 寒 花 輦 路 中
不 覩 聲 名 與 文 物
自 傷 流 滯 去 關 東
知る 君が官の大司農に属するを、
詔して驪山に皇きするに職事雄ならん。
歳ごとに金銭を発して御府に供し、
昼ごとに仙液の離宮に注ぐを看る。
千巌の曙雪 旌門の上、
十月の寒花 輦路の中。
声名と文物とを覩ずして、
自ら傷む 流滞して関東に去る。

連串したる句法

詩句には、また、二句、三句連串し、これを一気に読み下して一句と見るべきものもある。例えば「又従江北路、重到竹西亭【8】とか、「若無三日雨、那得一年秋【9】のような句は、二句を以て一句の観を成しているものである。「越王勾践破呉帰、義士還家尽錦衣、宮女如花満春殿、只今惟有鷓鴣飛【10】の如きは、上の三句が連串しているから、これを一気に読み下して一句の観をなすものである。すなわち第三句までは越王の盛事を叙したもので、第四句が現下に見る所の有様を述べて懐古の情を写しているのである。

【8】南歸題揚州竹西亭  (宋·曾幾)
往 歳 出 蕪 城
飄 然 一 客 星
又 從 江 北 路
重 到 竹 西 亭
楚 岸 寛 囲 碧
呉 山 遠 借 青
聖 時 還 舊 觀
歌 吹 月 中 聽
往歳 蕪城を出で、
飄然として 一客の星。
又江北の路より、
重ねて竹西亭に到る。
楚岸 寛く碧を囲み、
呉山 遠く青を借る。
聖時 還た旧観、
歌吹 月中に聴く。
【9】憫雨  (宋·曾幾)
梅 子 黄 初 遍
秧 針 緑 未 抽
若 無 三 日 雨
那 復 一 年 秋
薄 晩 看 天 意
今 宵 破 客 愁
不 眠 聽 竹 樹
還 有 好 音 不
梅子  黄にして初めて遍く、
秧針 緑にして未だ抽かず。
若し三日雨無くば、
那ぞ一年の秋を復さん。
薄晩 天意を看て、
今宵 客愁を破る。
眠らず 竹樹を聴き、
還た好音有るや不や。
【10】越中覽古  (唐·李白)
越 王 句 踐 破 呉 歸
義 士 還 郷 盡 錦 衣
宮 女 如 花 滿 春 殿
只 今 惟 有 鷓 鴣 飛
越王勾踐 呉を破って帰る、
義士 家に還って 盡く錦衣。
宮女 花の如く 春殿に満つ、
只今 惟鷓鴣の飛ぶ有り。

問答の句法

一句の中に問と答との詞を用いるものがある。すなわち、「丈夫何在西撃湖」【11】は、「丈夫何在」の四字は問にして、「西撃湖」の三字は答である。また、一句は問、一句は答の句法もある。すなわち、「松下問童子、言師採藥去」【12】の如きは、「松下」の句は問で、「言師」の句は答である。さらに、前二句が問にして、後二句が答のものもある。「瀟湘何事等閑回、水碧沙明両岸苔、二十五絃弾夜月、不清怨却飛來」【13】 の絶句は、上二句は問であって、下二句が答である。これらの句法を呼んで「問答句法」といっている。要するに詩の句法は决して易々たるものでない。

【11】桓帝之初、天下童謠曰  (後漢書、五行志)
小 麥 青 青 大 麥 枯
誰 當 穫 者 婦 與 姑
丈 人 何 在 西 擊 胡
吏 買 馬
君 具 車
請 爲 諸 君 鼓 嚨 胡
小麦青青、大麦枯れ、
誰か穫に当たる者ぞ 婦と姑となる。
丈人 何くに在る 西のかた胡を擊つ、
吏は馬を買い、
君は車を具え、
請う 諸君の為に 嚨胡を鼓せむ。
【12】尋隱者不遇  (唐·賈島)
松 下 問 童 子
言 師 採 藥 去
只 在 此 山 中
雲 深 不 知 處
松下 童子に問えば、
言う 師は薬を採りに去ると。
只此の山中に在らんも、
雲深くして 処を知らず。
【13】歸雁  (唐·錢起)
瀟 湘 何 事 等 閑 囘
水 碧 沙 明 兩 岸 苔
二 十 五 弦 彈 夜 月
不 勝 清 怨 却 飛 來
瀟湘 何事ぞ 等閑に回る、
水碧に 沙明らかに 両岸は苔。
二十五絃 夜月に弾ずれば、
清怨に勝えずして 却って飛び来る。
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