漢詩作法入門講座

==========
==========
本コンテンツでは、JavaScript機能を有効にしてください。
JavaScriptが無効な場合、正常に表示できない可能性があります。

ホーム > 漢詩の鑑賞 > 詩集別の鑑賞 > 三体詩 - 七言絶句-実接(2)

三体詩-七言絶句-実接(2) - 漢詩の鑑賞

實接

【原文】

周弼曰。絶句之法。大抵以第三句爲主。首尾率直。而無婉曲者。此異時所以不及唐也。其法非惟久失其傳。人亦鮮能知之。以實事寓意接。則轉換有力。若斷而續。外振起而内不失於平妥。前後相應。雖止四句。而涵蓄不盡之意焉。此其畧爾。詳而求之。玩味之久。自當有所得。

【読み方】

実接(じっせつ)

周弼(しゅうひつ)曰く、絶句の法、大抵第三句を以て主と為す。首尾率直にして婉曲(えんきょく)無きは、此れ異時の唐に及ばざる所以なり。其の法は、惟久しく其の伝を失うのみに非ず。人亦能(よ)く之を知ること鮮(すくな)し。実事を以て意を寓して接するときは、則ち転換力有り。断ゆるが若(ごと)くにして続き、外は振起(しんき)にして内平妥(へいだ)たるを失わず。前後相(あい)(おう)ず。四句に止むと雖(いえど)も、而(しか)も不尽の意を涵蓄(かんちく)す。此れ其の略のみ。詳(つまび)らかにして之を求め、玩味することの久しく、自(おのずか)ら当(まさ)に得る所有るべし。

別李逋之京

原詩

「別李逋之京(王昌齢)」故園今在㶚陵西。江畔逢君醉不迷。小弟鄰莊尚漁獵。一封書寄數行啼。

【作者】

王昌齢(おう しょうれい)=(698〜755)。唐代中期の詩人。字は少伯。

【詩形】

七言絶句 平起式 上平声齊韻
西

【読み方】

李逋(りほ)の京(きょう)に之(ゆ)くに別(わか)

故園(こえん) 今(いま)は㶚陵(はりょう)の西(にし)に在(あ)り。江畔(こうはん) 君(きみ)に逢(あ)って 酔(よ)うて迷(まよ)わず。

小弟(しょうてい) 隣荘(りんそう)に 尚(な)お漁猟(ぎょりょう)せん。一封(いっぷう)の 書(しょ)は寄(よ)す 数行(すうこう)の啼(なみだ)を。

==========

【語 釈】

李逋=人名。未詳。=長安の都。故園=ふるさと。㶚陵=漢の文帝の陵墓。長安の東南校外にある。江畔=川のほとり。江は長江(揚子江)を指す。醉不迷=酒を飲んでも酔えない意。小弟=おとうと。鄰莊=別荘の隣。漁獵=魚を捕って遊ぶ。

「三体詩評釈(野口寧齋著)」、「偶々故人に遇う。一酔以て懐を遺る。而して酔中尚お小弟の勉旃(べんせん)せざるを嗟し、数行の涕涙、故人に托して寄す。情已に真摯、人をして歔欷(きょき)せしむ。」と評あり。

題崔處士林亭

原詩

「題崔處士林亭(王維)」緑樹重陰蓋四鄰。青苔日厚自無塵。科頭箕踞長松下。白眼看他世上人。

【作者】

王維(おうい)=(699〜759)。盛唐の詩人。字は摩詰。王右丞とも呼ばれる。李白が詩仙、杜甫が詩聖と呼ばれるのに対し、詩仏と呼ばれ、画についても、『南画の祖』と仰がれている。

【詩形】

七言絶句 仄起式 上平声真韻

【読み方】

崔処士(さいしょし)が林亭(りんてい)に題(だい)

緑樹(りょくじゅ)の 重陰(ちょういん) 四隣(しりん)を蓋(おお)う。青苔(せいだい) 日(ひ)に厚(あつ)うして 自(おの)ずから塵(ちり)(な)し。

科頭(かとう)にして 箕踞(ききょ)す 長松(ちょうしょう)の下(もと)。白眼(はくがん)にして 他(か)の世上(せじょう)の人(ひと)を看(み)る。

==========

【語 釈】

崔處士=崔興宗(さいこそう)は、王維の妻崔氏の弟。処士は、仕えないで民間にある人物。官職につかないでいる人。林亭=林の中のあずまや。緑樹重陰=青葉茂る木々の深いかげ。四鄰=四方。あたり。科頭=冠や頭巾をつけていない頭。箕踞=両足を投げ出してすわること。科頭も箕踞も世間の礼儀作法にとらわれないさま。白眼=人を冷淡に見る目つき。晋の阮籍が礼教にこだわる俗人を白眼で見たという故事に基づく。世上人=世間の人。

「前二句林字を描出し、緑字青字、結句の白字を襯出す。是を不言裏の説法という。(三体詩評釈より)」

楓橋夜泊

原詩

「楓橋夜泊(張繼)」月落烏啼霜滿天。江楓漁火對愁眠。姑蘇城外寒山寺。夜半鐘聲到客舩。

【作者】

張繼(ちょうけい)=生没年未詳。中唐の詩人。字は懿孫(いそん)。

【詩形】

七言絶句 仄起式 下平声先韻
滿

【読み方】

楓橋(ふうきょう)夜泊(やはく)

(つき)(お)ち 烏(からす)(な)いて 霜(しも)、天(てん)に満(み)つ。江楓(こうふう) 漁火(ぎょか) 愁眠(しゅうみん)に対(たい)す。

姑蘇城外(こそじょうがい)の寒山寺(かんざんじ)。夜半(やはん)の鐘声(しょうせい) 客船(かくせん)に到(いた)る。

==========

【語 釈】

楓橋=江蘇省蘇州郊外にある橋の名。江楓=川辺のかえで。漁火=漁り火。愁眠=さびしいねむり。旅の寂しさ、悲しさのために熟睡できず、うつらうつらしていること。姑蘇城外=姑蘇城は、蘇州のこと。蘇州の校外。寒山寺=寺の名。江蘇省蘇州郊外、楓橋の近くにある寺。夜半=よなか。半夜に同じ。鐘聲=鐘の音。客舩=旅の船。旅人を乗せた船。「舩」は「船」の俗字。

「詩情爽激、金玉の音多しという。此詩は則ち神韻綿渺、声調暢達、故に流伝するもの最も遍く」。また、「畢竟するに前詩は烏啼月落、夢寐惝怳の中に在り。後詩は夜半鐘聲、神象彷彿の間に在り。両度の夜泊に相錯綜して各一意を複せず。是を以ての故に千古の名句遂に夜泊の一故事を為し、楓橋の二字既に客懐を催おすに到る」の評あり。(三体詩評釈より)

贈殷亮

原詩

「贈殷亮(戴叔倫)」日日河邊見水流。傷春未已復悲秋。山中舊宅無人住。來往風麈共白頭。

【作者】

戴叔倫(たいしゅくりん)=(732-789)。唐の詩人。字は幼公(ようこう)、または次公(じこう)

【詩形】

七言絶句 仄起式 下平声尤韻

【読み方】

殷亮(いんりょう)に贈(おく)

日日(ひび) 河辺(かへん)に 水(みず)の流(なが)るるを見(み)る。春(はる)を傷(いた)むこと 未(いま)だ已(や)まず 復(ま)た秋(あき)を悲(かな)しむ。

山中(さんちゅう)の旧宅(きゅうたく)(ひと)の住(じゅう)する無(な)し。風麈(ふうじん)に来往(らいおう)して 共(とも)に白頭(はくとう)

==========

【語 釈】

殷亮=人名。未詳。日日=日ごとに。河邊=川辺。傷春=過ぎ去った春をいたむ。來往=行ったり来たり。風麈=風と塵。俗世間のこと。白頭=白髪頭。年をとった。

「共字自己を包んで内に在り。其殷を吊するもの、自ら吊する所以なり。唯一字のみ下し得て千釣の力有り。」(三体詩評釈より)

湘南卽事

原詩

「湘南卽事(戴叔倫)」盧橘花開楓葉衰。出門何處望京師。沅湘日夜東流去。不爲愁人住少時。

【作者】

戴叔倫(たいしゅくりん)=(732-789)。唐の詩人。字は幼公(ようこう)、または次公(じこう)

【詩形】

七言絶句 仄起式 上平声支韻

【読み方】

湘南即事(しょうなんそくじ)

盧橘(ろきつ)(はな)(ひら)いて 楓葉(ふうよう)(おとろ)う。門(もん)を出(いで)て 何(いず)れの処(ところ)にか 京師(けいし)を望(のぞ)まん。

沅湘(げんしょう) 日夜(にちや)(ひがし)に流(なが)れ去(さ)り。愁人(しゅうじん)の為(ため)に 住(とどま)ること少時(しばし)もせず。

==========

【語 釈】

湘南=湘水の南側の地方。卽事=その場のことを詠じた詩。盧橘=枇杷の別名。楓葉=かえでの葉。京師=天子の都。「望」字は、平仄両用。沅湘=沅水と湘水。河川の名。愁人=心にうれえ、悲しみをもつ人。少時=しばらく。

「叙情具切、出語尤も清雋、怨を無情の流水に寄す。怨み得て妙なり。」(三体詩評釈より)

送齊山人

原詩

「送齊山人(韓翃)」舊事仙人白兎公。掉頭歸去又乘風。柴門流水依然在。一路寒山萬木中。

【作者】

韓翃(かんこう)=生没年未詳。唐代の詩人。字は君平。

【詩形】

七言絶句 仄起式 上平声東韻

【読み方】

斉山人(せいさんじん)を送(おく)

(も)と 仙人(せんにん)白兎公(はくとうこう)に事(つか)う。頭(こうべ)を掉(ふ)って 帰(かえ)り去(さ)り 又(また)、風(かぜ)に乗(の)る。

柴門(さいもん) 流水(りゅうすい) 依然(いぜん)として在(あ)り。一路(いちろ) 寒山(かんざん) 万木(ばんぼく)の中(うち)

==========

【語 釈】

齊山人=人名。未詳。山人は世を捨てて山に隠れ住む人。世捨て人。白兎公=仙人の名。「兎」字は俗字。「兔」が本字。掉頭=頭をふる。事柄を否定するさま。歸去=ふるさとに帰る。「去」は助字。柴門=しばで作った門。柴戸、柴扉に同じ。寒山=秋から冬にかけてのさびしい山。さむざむとした山。萬木=きわめて多くの木々。

「此詩一二、山人の精神を活写し、三四直ちに長白山中の旧居に憶及す。所謂、透過一層法なり。寒山流水、以て白兔公に事うべし。是 掉頭歸去する所以なり。掉頭は事に於いて可とせざるもの。杜の『巣父掉頭不肯住。東将入海随烟霧。』神相似て、是更に列子の御風を以て山人の風丰を影写す。」(三体詩評釈より)

==========