漢詩作法入門講座

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三体詩-七言絶句-実接(1) - 漢詩の鑑賞

實接

【原文】

周弼曰。絶句之法。大抵以第三句爲主。首尾率直。而無婉曲者。此異時所以不及唐也。其法非惟久失其傳。人亦鮮能知之。以實事寓意接。則轉換有力。若斷而續。外振起而内不失於平妥。前後相應。雖止四句。而涵蓄不盡之意焉。此其畧爾。詳而求之。玩味之久。自當有所得。

【読み方】

実接(じっせつ)

周弼(しゅうひつ)曰く、絶句の法、大抵第三句を以て主と為す。首尾率直にして婉曲(えんきょく)無きは、此れ異時の唐に及ばざる所以なり。其の法は、惟久しく其の伝を失うのみに非ず。人亦能(よ)く之を知ること鮮(すくな)し。実事を以て意を寓して接するときは、則ち転換力有り。断ゆるが若(ごと)くにして続き、外は振起(しんき)にして内平妥(へいだ)たるを失わず。前後相(あい)(おう)ず。四句に止むと雖(いえど)も、而(しか)も不尽の意を涵蓄(かんちく)す。此れ其の略のみ。詳(つまび)らかにして之を求め、玩味することの久しく、自(おのずか)ら当(まさ)に得る所有るべし。

華清宮

原詩

「華清宮(杜常)」行盡江南數十程。曉風殘月入華清。朝元閣上西風急。都入長楊作雨聲。

【作者】

杜常=未詳。

【詩形】

七言絶句 仄起式 下平声庚韻
西

【読み方】

華清宮(かせいきゅう)

(い)き尽(つ)くす 江南(こうなん) 数十程(すうじってい)。暁風(ぎょうふう) 残月(ざんげつ) 華清(かせい)に入(い)る。

朝元閣上(ちょうげんかくじょう) 西風(せいふう)(きゅう)なり。都(すべ)て長楊(ちょうよう)に入(い)り 雨声(うせい)と作(な)る。

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【語 釈】

華清宮=華清宮は、驪山の麓にある温泉宮殿。唐の太宗のとき「温泉宮」として造られ,唐の玄宗により規模が拡大さ,「温泉宮」から「華清宮」に改称された。東風=東から吹いてくる風。春風のこと。数十程=長き道程をいう。暁風=明け方に吹く風。残月=明け方の月。朝元閣=華清宮にある宮殿の名称。俗称を老君殿といい,老子が降りた聖地とされる。驪山の西繍の峰の第三峰の山頂に位置する。西風=秋風にいう。=すべてと訓み,全部の意。長楊=しだれ柳。雨声=雨音。

宮詞

原詩

「宮詞(王建)」金殿當頭紫閣重。仙人掌上玉芙蓉。大平天子朝元日。五色雲車駕六龍。

【作者】

王建(おうけん)=(?〜830)。中唐の詩人。字は仲初。

【詩形】

七言絶句 仄起式 上平声冬韻
殿

【読み方】

宮詞(きゅうし)

金殿(きんでん) 当頭(とうとう) 紫閣(しかく)(かさな)る。仙人(せんにん)掌上(しょうじょう) 玉芙蓉(ぎょくふよう)

大平(たいへい)の天子(てんし) 朝元(ちょうげん)の日(ひ)。五色(ごしき)の雲車(うんしゃ) 六龍(りくりょう)に駕(が)す。

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【語 釈】

宮詞=宮中の物事を詠じた詩。金殿当頭=黄金で飾った立派な宮殿の上方。紫閣=紫色のたかどの。仙人掌上=仙人掌は、仙人が手に盤をささげて甘露を受ける形をした像のことで,承露盤ともいう。玉芙蓉=芙蓉は、蓮の花。玉は宝玉。承露盤を形容した語。朝元日=朝元閣、俗称を老君殿といい,老子が降りた聖地とされる。それに基づき,玄元皇帝(老子のこと)を拝する日の意。五色雲車=五色に彩られた車。雲車は,仙人が乗るという雲の車。駕六龍=駕は,車に馬をつけることを言う。ここでは,龍のごとき立派な六頭だての馬に五色の雲車を牽かせることを言う。

呉姫

原詩

「呉姫(薛能)」自是三千第一名。内家叢裏獨分明。芙蓉殿上中元日。水拍銀盤弄化生。

【作者】

薛能(せつのう)=(817-880)。晚唐の詩人。字は太拙。

【詩形】

七言絶句 仄起式 下平声庚韻
殿

【読み方】

呉姫(ごき)

(おのずか)ら是(こ)れ 三千(さんぜん) 第一(だいいち)の名(な)。内家叢裏(だいかそうり)(ひと)り分明(ぶんめい)

芙蓉殿上(ふようでんじょう) 中元(ちゅうげん)の日(ひ)。水(みず) 銀盤(ぎんばん)を拍(うっ)て 化生(かせい)を弄(ろう)す。

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【語 釈】

呉姫=呉地方(現在の江蘇省一帯)には美女が多いとされる。ここでは「美女」くらいの意か。三千=宮女の数。第一名=一番の美女。内家叢裏=内家は、後宮のこと。叢は「むらがる」。分明=あきらかであること。目立つの意。芙蓉殿=宮殿の名称。中元日=陰暦七月十五日。正月十五日を「上元」,十月十五日を「下元」という。化生=野口寧齋著述の「三体詩評釈」に,「化生は,蝋を以て嬰児を作り,水に浮かべて遊戯し,婦人子に宜しきの祥を為すもの」とあり。また,化生は通常,七夕(陰暦七月七日)に行われたらしい。

歸雁

原詩

「歸雁(錢起)」瀟湘何事等閑回。水碧沙明兩岸苔。二十五絃彈夜月。不勝清怨却飛來。

【作者】

錢起(せんき)=(710?-780?)。唐代の詩人。字は仲文。

【詩形】

七言絶句 平起式 上平声灰韻

【読み方】

帰雁(きがん)

瀟湘(しょうしょう) 何事(なにごと)ぞ 等閑(とうかん)に回(かえ)る。水(みず)(みどり)に 沙(すな)(あき)らかに 両岸(りょうがん)は苔(こけ)

二十五絃(にじゅうごげん) 夜月(やげつ)に弾(だん)ずれば。清怨(せいえん)に勝(た)えずして 却(かえ)って飛(と)び来(きた)る。

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【語 釈】

帰雁=春、北に帰る雁。瀟湘=瀟水と湘水の合流地。洞庭湖の南方。瀟水と湘水は、川の名。等閑=物事に意を留めない。なおざり。二十五絃=瑟。大琴。瑟はもともと五十絃であったが、あまりに悲しい音色なので二十五絃となったと言われる。弾夜月=夜の月明かりの下で琴を弾く。不勝=堪えられない。「勝」の字、「かつ」の場合は仄字、「堪える」の場合は平字。清怨=清らかなものの哀れ。

「三体詩評釈(野口寧齋著)」に、「瀟湘は、湘君の宅する所。明月天に在り。皷瑟髴として聞え清怨忽ち天地に満つ。情有る者の堪へざる所是却飛し來る所以なり。湘に回雁峰有り。瑟に歸雁操有り。此の詩乃ち此より着想す。」とあり。

逢賈島

原詩

「逢賈島(張藉)」僧房逢着欵冬華。出寺吟行日已斜。十二街中春雪遍。馬蹄今去入誰家。

【作者】

張藉(ちょうせき)=(766?-830?)。唐代中期の詩人。字は文昌。

【詩形】

七言絶句 平起式 下平声麻韻

【読み方】

賈島(かとう)に逢(あ)

僧房(そうぼう)に逢着(ほうちゃく)す 款冬華(かんとうか)。寺(てら)を出(い)でて 吟行(ぎんこう)すれば 日(ひ)(すで)に斜(なな)めなり。

十二街中(じゅうにがいちゅう) 春雪(しゅんせつ)(あまね)し。馬蹄(ばてい) 今(いま)(さ)って 誰(た)が家(いえ)にか入(い)らん。

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【語 釈】

賈島=779-843。唐代の詩人。字は浪仙、または閬仙。僧房=寺に付随した僧の住居。逢着=出会う。「着」は助字。欵冬華=ふきの花。款冬華。「欵」は俗字。吟行=詩歌を口ずさみながら歩くこと。春雪遍=春の雪がすみずみまで行きわたる。馬蹄=馬の足音。

「款冬花を以て島に比し、春雪遍を以て小人の跋扈に比し、日斜を以て時の昏きに比し、二人者の託すべきなきを傷むものとなす」と、「三体詩評釈(野口寧齋著)」に圓至註の記述あり。

江南春

原詩

「江南春(牡牧)」千里鶯啼緑映紅。水村山郭酒旗風。南朝四百八十寺。多少樓臺烟雨中。

【作者】

牡牧(とぼく)=(803-853)。晩唐期の詩人。字は牧之。号は樊川。

【詩形】

七言絶句 仄起式 上平声東韻

【読み方】

江南(こうなん)の春(はる)

千里(せんり) 鶯(うぐいす)(な)いて 緑(みどり)(くれない)に映(えい)ず。水村(すいそん) 山郭(さんかく) 酒旗(しゅき)の風(かぜ)

南朝(なんちょう) 四百八十寺(しひゃくはっしんじ)。多少(たしょう)の楼台(ろうだい) 煙雨(えんう)の中(うち)

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【語 釈】

江南=長江(揚子江)の南岸地域。浙江・福建・江西・湖南の全域と安徽の揚子江以南の地域。江南地方は、中国の南北朝時代(439-589)に大いに開発された。千里=実際の距離ではなく、とても広いさまを形容した語。水村=川辺の村。山郭=山沿いの村。酒旗=酒屋の目印の旗。青旗、青帘(せいれん)南朝=東晋ののち、建康(南京)に都をおいた宋、斉、梁、陳の四王朝。四百八十寺=南北朝時代に江南地方には多くの寺院が建立された。「十」の字は、仄字なれども入声の字なので平字として借用したもの。「三体詩評釈(野口寧齋著)」に「十字宜しく平声なるべくして入声を用ゆ。入声の声音平声に近し故に之を借る」とあり。多少=多いこと。樓臺=たかどの。楼閣。

「三体詩評釈(野口寧齋著)」、「觸目の語情有り色有り」と評す。また、「此詩隔句照応格なり。起と転とは南朝の盛時を懐い、承と結とは現前の光景を写す。千里鶯啼の地、今は酒旗の颺る有るのみ。金碧堂塔、今は二三の烟雨中に存する有るのみ。寂寞荒涼の景に因りて華奢風流の述を吊し、華奢風流の述を借りて、寂寞荒涼の景に慨す。」とあり。

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