漢詩作法入門講座

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老子 第十章〜第十八章

『老子』は、『老子道徳経』あるいは『道徳経』とも呼ばれ、「老子」という人物が書いたとされる書であり、『荘子』と並ぶ道家の代表的書物である。著者の「老子」は、中国春秋時代、楚の思想家。姓名を李耳、字は耼といい、「老子」は、その尊称と言われている。不明な部分も多く、実在が疑問視されることもある。三清の一人である太上老君の神名を持つ。

本Webページでは、原文と訓読のみを掲載(素読)します。詳しい解説については、多くの書籍が市販されていますので、そちらの方をお読みください。

また、格言集や名言集などによく掲載されている部分を強調表示しました。

第十章

載營魄。抱一能無離乎。專氣致柔。能嬰兒乎。滌除玄覽。能無疵乎。愛民治国。能無爲乎。天門開闔。能爲雌乎。明白四達。能無知乎。生之畜之。生而不有。爲而不恃。長而不宰。是謂玄德。

営魄(えいはく)を載(の)せて、一(いつ)を抱(いだ)いて、能(よ)く離(はな)るること無(な)からんか。気(き)を専(もっぱ)らにし柔(じゅう)を致(いた)し、能(よ)く嬰児(えいじ)ならんか。滌除(てきじょ)玄覧(げんらん)、能(よ)く疵(きず)(な)からんか。民(たみ)を愛(あい)し国(くに)を治(おさ)めて、能(よ)く為(な)すこと無(な)からんか。天門(てんもん)開闔(かいこう)、能(よ)く雌(し)を為(な)さんか。明白(めいはく)四達(したつ)、能(よ)く知(し)ること無(な)からか。之(これ)を生(しょう)じて之(これ)を畜(やしな)い、生(しょう)じて而(しか)も有(ゆう)せず、(な)して而(しか)も恃(たの)まず、長(ちょう)じて而(しか)も宰(さい)たらず、是(こ)れを玄徳(げんとく)と謂(い)う。

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第十一章

三十輻共一轂。當其無。有車之用。埏埴以爲器。當其無。有器之用。鑿戸牖以爲室。當其無。有室之用。故有之以爲利。無之以爲用。

三十(さんじゅう)の輻(ふく)、一轂(いっこく)を共(とも)にす。其(そ)の無(む)に当(あた)りて、車(くるま)の用(よう)(あ)り。埴(つち)を埏(こ)ねて以(もっ)て器(うつわ)を為(つく)る。其(そ)の無(む)に当(あた)りて、器(うつわ)の用(よう)(あ)り。戸牖(こゆう)を鑿(うが)ちて以(もっ)て室(しつ)を為(つく)る。其(そ)の無(む)に当(あた)りて、室(しつ)の用(よう)(あ)り。故(ゆえ)(ゆう)の以(もっ)て利(り)を為(な)すは、無(む)の以(もっ)て用(よう)を為(な)せばなり。

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第十二章

五色令人目肓。五音令人耳聾。五味令人ロ爽。馳騁田獵。令人心發狂。難得之貨。令人行妨。是以聖人爲腹不爲目。故去彼取此。

五色(ごしょく)は人(ひと)の目(め)をして肓(もう)せしむ。五音(ごおん)は人(ひと)の耳(みみ)をして聾(ろう)せしむ。五味(ごみ)は人(ひと)のロ(くち)をして爽(たが)わしむ。馳騁(ちてい)田猟(でんりょう)は、人(ひと)の心(こころ)をして発狂(はっきょう)せしむ。得難(えがた)きの貨(たから)は、人(ひと)の行(おこな)いをして妨(さまた)げしむ。是(ここ)を以(もっ)て聖人(せいじん)は腹(うち)を為(な)して目(ほか)を為(な)さず。故(ゆえ)に彼(かれ)を去(さ)り此(これ)を取(と)る。

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第十三章

寵辱若驚。貴大患若身。何謂寵辱若驚。寵爲下。得之若驚。失之若驚。是謂寵辱若驚。何謂貴大患若身。吾所以有大患者。爲吾有身。及吾無身。吾有何患。故貴以身爲天下者。可以寄天下。愛以身爲天下者。乃可以託天下。

寵辱(ちょうじょく)(おどろ)くが若(ごと)し、大患(たいかん)を貴(たっと)ぶこと身(み)の若(ごと)し。何(なに)をか寵辱(ちょうじょく)(おどろ)くが若(ごと)しと謂(い)う。寵(ちょう)(しも)(た)るは、之(これ)を得(え)て驚(おど)くが若(ごと)く、之(これ)を失(うしな)いて驚(おどろ)くが若(ごと)し。是(これ)を寵辱(ちょうじょく)(おどろ)くが若(ごと)しと謂(い)う。何(なに)をか大患(たいかん)を貴(たっと)ぶこと身(み)の若(ごと)しと謂(い)う。吾(わ)が大患(たいかん)(あ)る所以(ゆえん)は、吾(わ)が身(み)(あ)るが為(ため)なり。吾(わ)が身(み)(な)きに及(およ)びては、吾(わ)れ何(なん)の患(うれ)いか有(あ)らん。故(ゆえ)に貴(たっと)ぶこと身(み)を以(もっ)て天下(てんか)を為(おさ)むれば、以(もっ)て天下(てんか)を寄(よ)す可(べ)し。(あい)すること身(み)を以(もっ)て天下(てんか)を為(おさ)むれば、乃(すなわ)ち以(もっ)て天下(てんか)を託(たく)す可(べ)し。

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第十四章

視之不見。名曰夷。聽之不聞。名曰希。搏之不得。名曰微。此三者。不可致詰。故混而爲一。其上不皦。其下不昧。繩繩不可名。復歸於無物。是謂無狀之狀。無象之象。是謂恍惚。迎之不見其首。隨之不見其後。執古之道。以御今之有。能知古始。是謂道紀。

(これ)を視(み)れども見(み)えず、名(な)づけて夷(い)と曰(い)う。之(これ)を聴(き)けども聞(き)こえず。名(な)づけて希(き)と曰(い)う、之(これ)を搏(と)れども得(え)ず、名(な)づけて微(び)と曰(い)う。此(こ)の三者(さんしゃ)、致詰(ちきつ)す可(べ)からず、故(ゆえ)に混(こん)じて一(いつ)と為(な)す。其(そ)の上(のぼ)っても皦(あきら)かならず、其(そ)の下(くだ)っても昧(くら)からず、縄縄(じょうじょう)として名(な)づく可(べ)からず、無物(むぶつ)に復帰(ふっき)す。是(これ)を無状(むじょう)の状(じょう)、無象(むしょう)の象(しょう)と謂(い)い、是(これ)を恍惚(こうこつ)と謂(い)う。之(これ)を迎(むか)えて其(そ)の首(はじめ)を見(み)ず、之(これ)に随(したが)って其(そ)の後(うしろ)を見(み)ず。(いにしえ)の道(みち)を執(と)って、以(もっ)て今(いま)の有(ゆう)を御(ぎょ)す。(よ)く古始(こし)を知(し)る、是(これ)を道紀(どうき)と謂(い)う。

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第十五章

古之善爲士者。微妙玄通。深不可識。夫惟不可識。故強爲之容。豫兮若冬渉川。猶兮若畏四鄰。儼兮其若客。渙兮若氷將釋。敦兮其若樸。曠兮其若谷。渾兮其若濁。孰能濁以靜之徐清。孰能安以久。動之徐生。保此道者。不欲盈。夫惟不盈。故能敝不新成。

(いにしえ)の善(よ)く士(し)(た)る者(もの)は、微妙(びみょう)玄通(げんつう)、深(ふか)くして識(し)る可(べ)からず。夫(そ)れ惟(ただ)(し)る可(べ)からず。故(ゆえ)に強(し)いて之(これ)が容(よう)を為(な)す。予(よ)として冬(ふゆ)、川(かわ)を渉(わた)るが若(ごと)く、猶(ゆう)として四鄰(しりん)を畏(おそ)るるが若(ごと)く、儼(げん)として其(そ)れ客(かく)の若(ごと)く、渙(かん)として氷(こおり)が将(まさ)に釈(と)けんとするが若(ごと)く、敦(とん)として其(そ)れ樸(ぼく)の若(ごと)く、曠(こう)として其(そ)れ谷(たに)の若(ごと)く、渾(こん)として其(そ)れ濁(にご)るが若(ごと)し。孰(た)れか能(よ)く濁(にご)れるを以(もっ)て之(これ)を静(しず)かにして徐(おもむろ)に清(きよ)からん、孰(た)れか能(よ)く安(やす)んじて以(もっ)て久(ひさ)しくして、之(これ)を動(うご)かし徐(おもむろ)に生(しょう)ぜん。此(こ)の道(みち)を保(たも)つ者(もの)は、盈(み)つるを欲(ほっ)せず。夫(そ)れ惟(ただ)(み)たず、故(ゆえ)に能(よ)く敝(ふる)うして新(あら)たに成(な)さざるなり。

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第十六章

致虛極。守靜篤。萬物並作。吾以觀其復。夫物藝藝。各復歸其根。歸根曰靜。靜曰復命。復命曰常。知常曰明。不知常。妄作凶。知常容。容乃公。公乃王。王乃天。天乃道。道乃久。歿身不殆。

(きょ)を致(いた)すこと極(きわ)まり、静(せい)を守(まも)ること篤(あつ)し。万物(ばんぶつ)(なら)び作(おこ)るも、吾(われ)(もっ)て其(そ)の復(かえ)るを観(み)る。夫(そ)の物(もの)は芸芸(うんうん)たる、各々(おのおの)(そ)の根(こん)に復帰(ふっき)す。根(こん)に帰(かえ)るは静(せい)と曰(い)い、静(せい)は復命(ふくめい)と曰(い)い、復命(ふくめい)は常(じょう)と曰(い)い、常(じょう)を知(し)るは明(めい)と曰(い)う。常(じょう)を知(し)らざれば、妄(みだ)りに作(な)して凶(きょう)なり。常(じょう)を知(し)れば容(い)る、容(い)れれば乃(すなわ)ち公(こう)(こう)なれば乃(すなわち)ち王(おう)、王(おう)なれば乃(すなわ)ち天(てん)、天(てん)なれば乃(すなわ)ち道(みち)、道(みち)なれば乃(すなわ)ち久(ひさ)し。身(み)を没(お)えるまで殆(あやう)からず。

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第十七章

太上下知有之。其次親而譽之。其次畏之。其次侮之。信不足焉。有不信焉。悠兮其貴言。功成事遂。百姓皆謂我自然。

太上(たいじょう)は下(しも)、之(これ)(あ)るを知(し)る。(そ)の次(つぎ)は親(した)しみて之(これ)を誉(ほ)む。其(そ)の次(つぎ)は之(これ)を畏(おそ)る。其(そ)の次(つぎ)は之(これ)を侮(あなど)る。信(しん)(た)らざれば、不信(ふしん)(あ)り。悠(ゆう)として其(そ)の言(げん)を貴(たっと)べば、功(こう)(な)り事(こと)(と)げて、百姓(ひゃくせい)(みな)、我(われ)、自然(しぜん)なりと謂(い)う。

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第十八章

大道廢。有仁義。智慧出。有大僞。六親不和。有孝慈。國家昏亂。有忠臣。

大道(だいどう)廃れ(すた)て、仁義(じんぎ)(あ)り。知恵(ちけい)(いで)て、大偽(たいぎ)(あ)り。六親(りくしん)(わ)せずして、孝慈(こうじ)(あ)り。国家(こっか)昏乱(こんらん)して、忠臣(ちゅうしん)(あ)り。

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