「漢文とは何か」(其の二)〜漢文は中国語なのか?

前回は、

「漢文とは何か」(其の一)〜日本と中国で「漢文」の意味が異なる?

と題して、日本と中国で「漢文」の意味が異なることを勉強しました。今回は、漢文は中国語なのでしょうか、もし、中国語だとするならば漢文を読むということは、中国語を読むことなのでしょうか?今回は、「漢文は中国語なのか?」ということについて勉強しました。

漢文は中国語、でも、そんな意識はあまりない?

高校の漢文に出てくるのでご存知の方も多いと思いますが、「李白」の「静夜思」という漢詩を見てみましょう。

牀前看月光疑是地上霜挙頭望山月低頭思故郷

なお、「看月光」が「明月光」、「望山月」が「望明月」となっている本もあります。

これが原文ですが、このような漢字ばかりの羅列の漢文を「白文」と言います。この原文を「ピンイン(ピン音)」(中国語の発音をローマ字で表現したもの)で表記すると次のようになります。

牀(chuáng)前(qián)看(kàn)月(yuè)光(guāng)疑()是(shì)地()上(shàng)霜(shuāng)挙()頭(tóu)望(wàng)山(shān)月(yuè)低()頭(tóu)思()故()郷(xiǎng)

上記のピンインは「どんと来い 中国語」というサイトのピンイン変換を使用しました。

中国語で読めれば、上記のような発音になるのでしょうが(私は中国語が分かりません。勉強したいとは思っていますが)、私が読む場合も含めて、日本では、ほとんどの人が次のように読むのではないでしょうか。

牀前 月光る、ふらくは地上かと。げて 山月み、れて 故郷ふ。

原文に比べると見た目の通り、語順を変えて、送り仮名を付加して、日本語として読んでいます。

このように原文は外国語である「中国語」ですが、私たちはそれを中国語で発音することなく、直接、日本語として読んでいます。ここに漢文の二通りの解釈が出てきます。

・外国語としての「漢文」
・日本語として読む「漢文」

当然ながら、私が扱う「漢文」は、日本語として読む「漢文」です。この外国語である「漢文」を日本語として読む方法を「訓読」と言います。このとき「白文」のまま「訓読」できれば良いのでしょけど、かなり困難であることも事実です。そこでより簡単に訓読するために「返り点」と「送り仮名(添え仮名とも言います)」を付けて表現するようになりました。この「返り点」と「送り仮名」を合わせて「訓点」と言います。

さて、ここで一旦、まとめてみることにします。
私が趣味として扱う「漢文」は中国語で読まずに直接日本語で読む中国古典の原文のことで、本来、外国語である原文を、その外国語としての意識をあまり持たずに読むことができる文を言う、とでもなるでしょうか。

実は、この漢文の定義は、前野直彬先生の『漢文入門』(筑摩書房)の定義を言い換えただけです。では、実際の定義の部分を『漢文入門』より引用しておきます。

「漢文」とは中国の古典的な文を、中国語を使わずに、直接日本語として読んだ場合、その文に対してつけられた名称である。


今回のキーワード

李白、静夜思、白文、ピンイン(ピン音)、訓読、返り点、送り仮名(添え仮名)、訓点


今回の勉強で使用したテキスト

前野直彬(2015年)『漢文入門』筑摩書房
加藤徹(2013年)『白文攻略 漢文法ひとり学び』白水社
古田島洋介・湯城吉信(2011年)『漢文訓読入門』明治書院
小川 環樹・西田 太一郎(1957年)『漢文入門』岩波書店


投稿者: 滄洲

趣味で漢詩を作ったり、三体詩や聯珠詩格などの詩集、論語や老子などの漢文を読んだりしている「滄洲」と言います。 よろしくお願いします。